◆第十二話 〜移ろい行くもの〜

砲雷科と通信科の男達は、薄暗いCICで手に汗を握っていた。

「誰だ、ここへ人形を入れた奴は!」

鬼の砲雷長の低い恫喝は、周囲の猛者たちを一様に震え上がらせた。

IDチェックが無ければ入室の叶わないこのCICに、
人形達がいるということは、誰かが引き入れたに他ならない。

この艦の中で、彼らの存在を最も快く思わない人物が、
砲雷長の菊池であるということは周知の事実だったがゆえに、
モニターに溢れるこの薄暗い空間は、今、バリバリに凍り付いていた。

そんな中、場を和らげるような声音で、青梅が口を開く。

「まぁ、砲雷長、お気持ちは解りますが、
 何も人間を入れたわけでもねぇんですし、
 彼らが、ここにいる誰かの私物でもねぇんじゃあ、
 規律に背いたとは言えないんじゃないですかねぇ?」

規律と共に、階級にも非常に厳しいこの世界ではあるが、
年長の曹士にたしなめられては、
いかに幹部と言えども、耳を傾けないわけにはいかないものだ。

しかも、つい先程まで体調が悪いと偽って、
姿を眩ませていた経緯もあり、その間、
任を代わっていた青梅に言われては、菊池も閉口せざるを得ない。

『心配はいらない。俺達はすぐにここから出て行く』

『ただし、そこの眼鏡のおと…なんだ、ここは眼鏡ばっかりだな』

『要するに砲雷長殿に話がある。しばらく私共にお時間を頂きたい』

まーくん、たっくん、かーくんの順で、菊池に要求を突きつける。

「断る。俺はお前達のように暇ではないのでな。」

菊池がにべもなくそう答えると、
白い軍服の人形は目を眇めて皮肉に嗤った。

『貴官のためを思って提案しているのだ。
 我々は、ここで話したとて、何ら困ることはない』

『私が言うのもなんだが、この白い奴は本気でぶっちゃける気満々だ。
 混乱を避けるためにも、どうか今回は折れて頂きたい』

大陸の民族衣装に身を包んだ、ひときわ小さい人形が、
真摯な面持ち…ただの無表情かもしれないが…で、静かに忠告する。

「砲雷長、ここは忠告通り、行って来られたらどうですかね?
 あとは私と水雷長がお引き受けしますんで」

青梅の言葉に、米倉も頷いた。

二人とも、熱烈な菊池の信奉者であったが、
同時に菊池そっくりの人形・まーくんのファンでもあった。

しかしながら、両者に外での話し合いを勧めたのは、
自分達の城・CICを戦場にしたくはない一心だったのだ。



「で、話とは何だ? 手短かにしてくれ」

甲板を凪ぐ潮風は穏やかだった。

しかし、そこに立ち込める不穏な空気は、
低気圧の雲のように暗い色合いを醸し出している。

『今日はいやに冷静だな、砲雷長殿。
 いつもは慎みの無い女のようにキーキーとうるさいのに…』

菊池に深い恨みでもあるのか、白い軍服の人形は憎まれ口を叩く。

『それに、なんとなく………無駄につやつやしてるような…』

白いエプロンの眩しい人形が、
鈍色のフレームを押し上げながら、怪訝な面持ちで呟いた。

『………角松の…匂い?』

民族衣装を纏う小振りな人形が、僅かに首を傾げた。

洋上に目を遣っていた菊池は、視線を戻して俯くと、
小刻みに肩を震わせる。

菊池は静かに嗤っていた。

確かに、菊池の肌は艶やかな真珠のように淡く上品な光を放ち、
髪は烏の濡れ羽色の如くしっとりと滑らかに流れていて、
唇は熟れたような朱い色を保ち、濡れたみたいに輝いている。

理由は明白、つい先程まで、角松といちゃいちゃしていたからだ。

最近、富みに疲れた様相で、ちょっぴり老け込んでいたのは、
もうすっかり過去の話なのである。

若返って元気ハツラツゥ?…な、菊池は、
自信ありげに仁王立ちで立ち、人形達を見下ろしていた。

要するに、角松の部屋で睦み合い愛を確かめ合っていた事実が、
一筋縄ではいかない人形達と対峙しても、
尚、保つことの出来る絶大な余裕を、菊池に与えていたのだ。

まあ、ゲンキンっちゃあ、ゲンキンな話である。

「お前達が吊られている間に、たっぷりと洋介を補充したんでな。」

トドメに、わざわざ口に出して言ってみたりもする、
なかなか侮れない性格の砲雷長でもあった。



それは、立場が逆転した瞬間だった。

『おのれ…憎らしや。真っ昼間から角松氏と同衾したと言うのか!』

いつも憎まれ口の絶えない白い軍服の人形が、
麗しくもノーブルな顔立ちを醜く歪めて、ギリギリと歯噛みした。

どうやら、角松の業務中に関しては、
ノーマークだった己の甘さに腹を立てているらしい。

『よ…よーすけの浮気者ぉ〜!!』

濃紺の制服を身に着けた人形は、
嫉妬のあまり華やかで美しい面立ちを悲壮なものに変え、
よよ…と、その場に泣き崩れた。

勿論、例の宝石が次々に転げ落ちて、辺りに散らばって行く。

『………角松のやつ、守備範囲、広すぎ…』

鮮やかな民族衣装の人形は、
シャープで上品なフェイスラインを心持ち上げて、
視線を空に彷徨わせると、いささか呆れ顔で溜息のように呟いた。

おのおの勝手なことを口にする人形達に、
菊池はふんと鼻を鳴らして、余裕たっぷりに言い放つ。

「いくら、洋介の周りをうろちょろしたところで、
 お子様のオモチャ程度の価値しかないお前達に、
 洋介という大人の男を満足させられる筈がないんだ。
 玩具は玩具らしく、飾りもの然としていることだな」

そう言って、仰け反るようにして高笑いする菊池など、
そうそう拝めるものではなかったが、昂る優越感に圧されたのか、
菊池は大人げなく、人形相手に余裕を見せ付けた。

『おのれ、言わせておけば…』

再びギリリと奥歯を噛み締めた白い軍服の人形が、
ふと何かを思い出したように、動きをとめた。

そして、ニヤリと皮肉な笑みを浮かべる。

『そう言えば、濃ゆい男の許で留め置かれた時に、
 草加拓海なる男に会ったのだが…』

「何!?」

『あやつも今の貴官と同じようにぬかしていたのだ』

『そうだった。お前達ではよーすけの相手は務まらんだろう、とな』

『………くさか? なんだか妙に嫌な響きの名だな』

泣き伏していた濃紺の制服の人形も顔を上げて、
白い軍服の人形同様、草加のことを思い出しているようだった。

民族衣装の人形だけは、首を傾げていたが…、
まあ、世の中、知らないほうがいいこともあるというものだ。

「草加に会っていたとは驚きだな。滝参謀も豪気な…」

『たきさんぼー?』

「お前達の言うところの、濃ゆい男のことだ」

『あー、あいつか…まあ、どうでもいいが』

あれだけ世話を焼いていたにも関わらず、
名前すら覚えられていないとは、実に気の毒な話である。

だが、自分には関係のない話なので、
菊池は脱線した話を強引に戻して、人形達を嘲笑った。

「しかし、お前達がアッチでは何の役にも立たんのは事実だ。
 むしろ草加が、俺と同意見ということは、
 お前達が役立たずだと証明していることに他ならない」

『…甘いな』

『そして、愚かだ』

『残念だが、貴官の認識…正しくはない』

「…どういうことだ? まさかお前達、ダ○チワイフではあるまい」

『蘭人の妻? 何だ、それは?』

『いわゆる、抱き人形というやつだ。蔑みの意味も含んでいるが』

『…下品な』

「違うのかっ!? では、何だと言うんだっ!?」

イラついた菊池は、とうとう声を荒げて、
えらい剣幕で人形達を怒鳴りつけた。

が、彼らは怯むことなく嗤い、
濃紺の制服の人形が、鈍色のフレームを押し上げながら言う。

『つまり、出来るということさ』

「…まさか」

『そう、俺達には一時的ではあるが、
 人間のような躯に変化させる能力があるんだ』

「な…なんだと?」

『勿論、その際には、様々な内的器官も備えられている』

「そんな、馬鹿な…」

『要するに、性交渉なども可能となる』

「だって、それじゃあ、高級ダ○チワイフそのものじゃないか!」

『違うと言ってるだろーがっ!!』

「…そんな話、信じられるかっ! 馬鹿者!」

『ならば、ここで見せてやろうじゃないかっ!』

途端に、ざわざわと生暖かい風が吹き、
霞のようなものが、濃紺の制服を纏った人形の周りに立ち込める。

やがてそれは濃霧のように人形の躯を、完全に包み込み、
上へ上へと昇ってい行って、ゆっくりと霧散していく。

そこに現れたものに、菊池は息を飲んだ。



その姿は、誰が見ても人間と言って差し支えのないものだった。

いや、厳密にはそれ以上のものだった。

すらりと伸びた手足は長く、驚くべきバランスで、
耐久を目的としたしなやかな筋肉に覆われている。

顔立ちは美しく、透明感のある素肌は人間の大人のそれではなく、
産まれ立ての子供のような艶と滑らかさ、柔らかさを有していた。

濡れたように輝きを放つ朱い唇は薄く、どこかしら上品で、
鼻梁のラインも、頬のラインも理想的な形をしている。

中でも、透き通る瞳は飛び抜けて美しく、
額にあるクリスタル同様、吸い込まれそうな深い色を湛えていた。

ただ、ひとつだけ難を言えば、
普通の地球人にはちょ〜っと受け付けない感じの、
奇天烈な服…ファティマスーツに身を包んでいたのだ。

「まぁ、確かに人間っぽくはなったが、何だ、その服は…!」

『ファティマスーツだ。デカタンスタイルではあるが』

「デカタンスタイル? ゴスロリじゃないのか?」

『違う。それが好きな女騎士なら一人いたがな』

姿を変じた人形の返す意味の解らない受け答えに、
菊池は、軽い頭痛を覚えたが、
いくら姿を変えようとも相手は人形なのだからと、
キレそうになる己を諌めてみる。

「それにしたって、そんな格好の人間、気持ち悪いだろうが」

『いや、一部のマニアには馬鹿ウケだ』

「俺は一般論の話をしているっ!」

『だが、よーすけにはメチャウケだったぞ』

「何ィ!?」

聞き捨てのならない言葉に、菊池は目を剥いた。

その美しい面をみるみる鬼子母神のように険しいものに変えて、
菊池は激怒した。

「つまりっ…つまり、そーゆー事なのか、洋介!!」

菊池の無駄に明晰な頭脳が、
捏造の限りを尽くした物凄く嫌な感じの想像を展開して行き、
たぶんエライことになっちゃったところで終焉を迎える。

そこで、ゆらりと躯を傾がせて、人と変じた人形を睨みつけると、
低く怨念の篭る声で呟いた。

「…おい、貴様ら」

『な…なんだ?』

「ちょっと、艦橋まで付き合え」

暗雲を背負い、どす黒いオーラを纏ったまま、
尋常ならぬ瞳で言う菊池に、さすがの人形達も言葉を失う。

そして、ずるずると引き摺られるようにして、菊池に拉致された。

艦を揺るがす不穏な影が、再びみらいに忍び寄っていた。

end.


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