◆第十一話 〜秘めたる想い〜

「ちくしょう…ちくしょう、人を馬鹿にして……っ!!」

ぼすぼすと、角松の枕をサンドバック代わりに、
連続パンチをお見舞いしている菊池の様子は、異様の一言に尽きた。

何が異様って、鬼の砲雷長が何と言うか………可愛いのだ。

ひとしきり枕を殴り倒したら、
今度はその枕に突っ伏して泣いちゃったりするのだ。

そして、のたまう。

「洋介のばかっ!」

それは漢字の馬鹿!ではなく、
どう聞いても平仮名のばかっ!なのである。

こんな菊池に、角松も尾栗も…たぶん滝もメロメロなのだが、
菊池自身は、そういった感情が自分に向けられていることを、
欠片も理解していない。

だから、角松の行動にいちいち疑念を抱くのだ。

怒るということは、
相手に対する関心の高さのバロメーターなわけで、
同時にそれは、相手の関心が自分に無いのではないかという、
不安の裏返しでもあった。

しかしながら、よくよく考えてみても、
角松は菊池に対しても、他に対しても、非常にマイペースで、
今まで一貫して態度を変えてはいない。

多少鈍感が過ぎるという難点があるものの、いつだってあの調子だ。

ただ、彼を取り巻く状況が、刻一刻と変化を遂げているだけなのだ。

態度が変わっていると言えば、それはむしろ菊池のほうで、
あの暗く歪んだ空間で、草加と再会してからというもの、
菊池の気持ちは、ぐらぐらと不安定なものになってしまっている。

楽なほうに吸い寄せられてしまうのは、人の世の常だ。

それをいくら説明したところで、角松という男には通じない。

そのジレンマの中でひとり、
菊池が悶え苦しんでいるというのに、あの男ときたらっ!!

「人形なんかと遊び倒してるんだからぁっ!!」

滅多に耳に出来ない、砲雷長の間延びした口調は、
幸いにもギャラリーのいない角松の自室で、密かに披露されていた。

角松のベッドに横たわり、彼の匂いの染み付いた枕に頬を寄せて、
菊池はくすんと鼻を鳴らした。

このベッドで、あの人形達が眠っているのだと思うと、
悔しくて切なくて、どうにもやりきれない。

菊池だって、何度もここで眠ったことはある。

しかしそれだって、必死で時間を作り、予定を合わせ、
尾栗の協力を仰いだ上で、やっと掴み取った貴重な逢瀬だ。

それなのに、あの人形達は毎日毎日毎日っっっ!!
角松と一緒に、我が物顔でここで眠っているのだ。

菊池には奴らが許せなかった。

人形達にそれを許す角松も許せなかった。

「洋介の…ばかぁ…」

さっきの勢いも無くして消沈する菊池の傍らに、
優しい言葉を掛けて欲しいと切望する男の姿は無い。

………はずだったのだが、実は居た。

自分の部屋に菊池が入って行くのを、偶然見かけた角松が、
ドアの外で中の様子を伺っていた。

菊池が大声で叫んでいた時には、僅かに声が聞こえていたが、
今のようにぐずぐず言ってるぶんには、外には全く聞こえない。

角松は、菊池が少し落ち着いたのだろうと判断して、
自室のドアを開けた。



が、その前に、少しばかり前にあった出来事をお話しよう。

今朝も相変わらず、角松は両肩と頭に人形をぶら下げて歩いていた。

三体の人形は、艦内でもすっかりアイドル扱いで、
規律の厳しい艦の中にも関わらず、
うっかり上官よりも先に、人形に声を掛ける輩まで出て来る始末だ。

ところが、今朝は様子が違った。

誰もが素早く角松に挨拶しては、
そそくさと逃げるように去って行く。

と言うのも、人形達が互いに揉み合いの喧嘩をしていたのだ。

角松の頭上で。

角松はいつものことと放っておいたが、
やがてそれはエスカレートし、
艦長としての業務に障りが出るほどとなって、とうとうキレた。

乗員が止めるのにも耳を貸さずに、問答無用で人形達を縛り上げ、
白い波飛沫をたてる船首の水面から程近いところに吊り下げたのは、
つい先程の話だ。

いずれ、隙を見て尾栗あたりに説得されてしまって、
助け出す羽目になるのだから、少し姿を眩ませてやろうと、
角松が自室に赴いた時、菊池の姿を見付けたのだ。

そんなわけで、再び、前述の場面からお楽しみ頂きたい。



「雅行…?」

「よよよ…洋介っ!?」

菊池はどっぷりと落ち込みモードに浸っていたのだが、
突如、現れたこの部屋の主の姿に、飛び上がった。

だが、すぐに自分が怒っていた事実を思い出してそっぽを向く。

何も言わない菊池の隣に、角松は腰を下ろした。

「珍しいな。どうした、こんな所で?」

ここにいるのが珍しいのは、
最近、角松がずっと人形と一緒にいるからである。

そのせいで、鬱々とした菊池が、
この部屋を訪れることすら厭っていたという事に全く気付いてない、
角松の鈍感さに、どうにも腹が煮える思いだった。

それをわざわざ答えてやる義理はないとばかりに、
菊池は首を限界まで捻って、角松から顔を背ける。

「やはり、俺のやり方では納得いかないか?」

角松は先日の、海軍へ赴いた帰りに、
洋上で交わした会話のことを言っていた。

今、怒ってんのはそっちの話じゃないんだっつーのっ!と、
叫びだしたいのを飲み込んで、菊池は唇を噛む。

「ああ、噛むなって、雅行」

それを見咎めた角松が、眉を寄せて菊池の唇に指をあてる。

柔らかく触れるその感触に、菊池は思わず胸に甘い疼きを感じた。

「ホント、その癖、学生時代から直んねぇよな」

瞬間、菊池は目を見開いた。

ちょっと待て、何だ、それは!
それじゃあ、お前は学生時代からずっと、
俺の些細なクセまで見てたって言うのかっ!?
それって、なんか、まるで見守ってたって感じじゃないか!
クソ鈍感なお前が! この俺を! 俺だけをっ!!
ああ、くそっ! なんか、ほわってする!
ちょっと嬉しいって思ってるじゃないか、俺!
今までそんな気のきいたこと、言ったことないくせに、
なんで、今日に限って…ああもう、洋介、お前という奴は!!

こんな風に、菊池が脳内でぐるぐるやってた時間は、約五秒。

頭の回転が速いのはいいことなのだが、
こと恋愛に関しては、あんまり役に立ってないのが玉に瑕だった。

とりあえず、自分の一言が菊池に、
多大な妄想を膨らまさせている自覚がまるでない角松は、
あ、ちょっと機嫌直ったかも?…くらいにしか思っていなかった。

菊池は伏し目がちに、少し朱くなった顔を角松のほうに向けて、
洋上を凪ぐ潮風に負けないようにと、
常に持ち歩いているハチミツ配合のリップクリームで、
完璧にコンディションを整えた艶やかな唇を、うっすらと開いた。

他のことには鈍感だが、色めいたことには存外に聡い角松は、
無駄にスマートな動きで、菊池の唇に己のそれを重ねる。

重ねて軽くついばむだけの、乙女ちっくなキスにうっとりしながら、
菊池は、何故自分が怒ってたのか、本気で忘れそうになっていた。

名残惜しげに唇を離し、自然な流れで角松の肩に縋って、
いつもこの肩に乗っている図々しくも忌々しい人形の存在を、
やっとこ思い出したのだ。

「…あいつらは、どうした?」

だが、せっかく久々にいい感じになっているのを、
ブッ潰すのも勿体無いので、
一応、雰囲気を壊さないよう気を遣いながら、菊池は尋ねた。

「ああ、あんまり喧嘩が酷いんで、今、船首に吊ってる」

角松の胸に顔を埋めたまま、ニヤリと嗤った菊池は、
いっそこのまま、ロープを切りに行ってやろうかとも思ったが、
尾栗の妨害を簡単に予測できたので、断念した。

とにかく今は、奴らの妨害が入ることもなく、
角松の部屋に無断で入る者など、自分か尾栗くらいで、
あの草加も、海軍に拿捕されて営倉に監禁されている。

イコール、それは全く邪魔が入らないということだった。

「洋介…」

呼びかけは甘く、菊池の妄想…いや、陶酔を端的に表している。

菊池がその気になったのなら、
角松にはめっけもん(儲けもの)…いやいや、否は無いというもの。

「雅行、愛している」

即刻、歯がぐらついて総入れ歯になってしまいそうな言葉を、
しっとりと濡れる昼メロモードな雰囲気に乗せて、
角松は菊池の肩を抱いたまま、己の寝台に横たわった。

あとは、まあ…薔薇とか百合とか背負いながら、
バン○ランとマラ○ヒ状態に陥るわけで…。
(キタの國から風にフェイドアウト)



人形達が船首から救出されたのは、
それから一時間近く経った頃だった。

総員に命令して、尾栗が角松を探させた折に、

「航海長、砲雷長のお姿も見受けられません!」

との報告を受け、尾栗は慌てて捜索を中断させた。

仕方なく、無断で人形達を引き上げた尾栗は、心の中で、
これで処分でも下されようものなら、
俺がクーデターでも何でも起こしたるわいっ!と叫んでいた。

引き上げられた人形達は、濡れこそしていないものの、
水面近くに長くあったために、潮の含んだ湿り気を帯びていて、
その手入れに更に一時間を要した。



「やっぱり俺の予想通り、康平が助けたな」

手入れが終わった頃に、ようやく姿を現した無責任艦長は、
艦橋に立つ尾栗に向かって、能天気に語り掛けて来た。

「…ったく、シケ込む時は、一言声かけてから行けよな」

「ああ、ありゃ、たまたまだったんだ。
 予定は未定にして決定に非ず…ってやつ」

「くそぉ、俺がいつも便利に使ってるからって、今それを言うか…」

「いつも庇い合う麗しき貴官との友情、感謝している」

「そんな嘘くさい敬礼で騙されるかっての〜っ!」

「ところで、あいつら(人形)は?」

喚き立てる尾栗のことなど意を解さない調子で、
角松は辺りを見回し、尋ねた。

「お前を探して、目下、艦内を巡回中だぜ」

「そうか。なら、その内、ここにも来るだろう」

しかし、そうは問屋が卸さなかった。
人形達の姿は、彼らにとっての鬼門・CICにあったのだ。

end.

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