◆第八話 〜時告げる鶯〜
角松が呪いの人形に取り憑かれているという噂は、
上海にいる如月の許にも米内を通じて知らせが来ていた。
米内は中国四千年の歴史ならば呪いを解く方法もあろうと、
如月に命じて密かにその手の情報を集めさせ、
程なく横須賀鎮守府へ帰朝させた。
その足でみらいの停泊するパラオへ向わせ、
今夜、如月は角松の許へと到着するに至る。
如月が通されたのは、角松の自室だった。
如月が諜報を生業としている人間ゆえに、
艦の主に装備や性能を、直接的に読み取られる場所は、
避けるための配慮という話だったが、
その話をイマイチ信用できない理由は、
目の前に座った人間が角松ただ一人だけだったからだ。
「相変わらず緊張感のない男だな、アンタは。」
「呼び立てて済まない、如月。
お前が大陸で得た知識が必要になってな。」
「米内閣下から、だいたいの仔細は伺っている。
その肩の人形共だな?」
「そうだ。何とかならんか?」
右肩に白い制服を纏った秀麗な顔立ちの人形を、
左肩にレースのエプロンを身に着けた華やかな顔立ちの人形を、
張り付かせている角松へと、
改めて視線を巡らせた如月は頬を歪ませるように嗤った。
「アンタが人形に憑かれたと聞いて、
さては水子に違いないと思っていたが…。
その顔立ちからすると違うな。」
「ははは、水子はさすがに無いだろう。ちゃんと気をつけてるし。」
「気をつける? しないようにか? それとも、出来ないようにか?
……アンタのは間違いなく、後者だな。」
「まあ、そこらへんの際どい話はそのへんで置いといて。」
「……帰る。」
「待て待て待て!! 怒るなって。」
「痛い。放せ、馬鹿ぢか…ら!?」
腕を引かれて角松の胸に抱きこまれた如月の眼前には、
奇しくも件の人形の顔があった。
思わず如月は身の危険を感じて、
抱き締める角松の腕から下に抜けるようにして離れ、間合いを取った。
『なるほど、相当の使い手だな。』
『それにしても見事な手練手管。』
「おいおい、お前ら、悪さしたら承知しないからな。」
「タチの悪いのに憑かれたものだな! でも、自業自得だっ。」
「そんな冷たいこと言うなよ。手立ては無いのか?」
「無いことはない…が、アンタに教えるのは無性に腹立たしい。」
『角松氏、我々を祓うつもりなのか?』
『何故だ? よーすけ!』
「いや、前にどうして俺に憑いたのかって聞いた時、
お前ら分からないって言っただろ?
でも、考えてみたらお前らが悪霊なのかどうかは判らないんだから、
調べてみる必要があると思ったわけだ。
もし悪霊だったら、俺だって嫌だし、
その時は祓って貰おうと思ってな。」
『馬鹿を言うな! 俺は悪霊じゃないぞ!』
『私は大切な主人に害を加えたりはしない。』
「……正直、見るまでは見当がつかなかったが、
人形の顔を見て判ったことがある。」
「何だ?」
「生霊というやつだ。この人形達には生霊が憑いていて、
面差しを自分に似せている。
恐らく祓ってしまえば、人形の顔は憑かれる前の状態に戻り、
我々から見れば全く違う顔となったように見えるだろう。」
「俺に憑いてるわけじゃないのか?」
「いや、憑いていることには違いない。
人形の体に対しては憑依と言う形を取っていて、
霊の意思で動く体の役割をしている。
一方、アンタに憑いているというのは解りやすく言うと、
霊自身が想いを傾ける対象に寄り添っているという状態だ。
現にアンタの人格は乗っ取られてはいないだろう?」
「なるほどな。」
「祓いたければ祓ってもいいがな。
憑けておくと、他の霊も寄って来やすくなるのも事実だ。」
「あ〜、いや、このままで構わん。メリットが無いわけでもないし。」
「肩が重いとか、寒気がするとか、悪夢を見てうなされるとか、
そういうのは無いのか?」
「ねぇな。特に変わりは無い。」
「……化け物め。」
「なあ、如月。生霊ってことは生きてるヤツの霊なんだろ?
あれって本体から長く離れられないんじゃないのか?
本人が眠ってる間だけとか、
そういう制約みたいなのがあった筈だろう?」
「確かにそういったものが一般的だが、
ごく稀に本体から完全に離れてしまって独自に動くものもある。」
「それがコイツらってわけか。」
「そうだ。」
「つまり……。」
「ああ、間違いなく、草加拓海と菊池雅行の生霊だ。」
草加の生霊が白い軍服を着ているのは、
彼が角松と出会った際に来ていた思い出が、
大きく作用しているからであり、
菊池の生霊がエプロンを着けているのは、
本来彼が望む関係を示唆する言わば象徴のようなものだからである。
本人の持つ複雑な感情から、
一部切り取ったような生霊という存在は、
オリジナルのそれと比べて非常に端的な望みを持ち、
恥じることも迷うこともなく望むままに実行しようとする。
ゆえに言動や行動が子供染みたものとなってしまうが、
その分、素直に想いを伝えようとする。
つまり、本人が想いを伝えたくても伝えられない状況に、
あればあるほど、生霊と化しやすいのだ。
「…予想通り過ぎて、むしろショックが大きい。」
「だから自業自得だと言っただろう。」
「やべぇな。それじゃ、祓いたくなっても、
祓ったり出来ないじゃないか。」
「………このエセ博愛主義者め。」
「てゆーか、コイツら、寝てないか? 俺の肩の上で。」
「ああ、寝てるな。
アンタがこのまま憑いていて構わないと言ったから、
安心したんだろう。」
「仕方ないな。それじゃ、俺達ももう寝るか。」
「いや、もう帰……っ!? おいっ! 角松!! 放せ〜〜〜!!」
止むを得ない理由で、
みらいに一泊することを余儀なくされた如月は、
翌朝まだ夜も明けない内に一人で艇を操縦して、
人知れず帰って行ったという。
艦内にはそれを見て、
実に特務らしい動きだと感心する者もあったが、
その足取りがとてつもなく重そうだったことは、
気付かれていなかった……らしい。
end.
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