| KAGUTA |
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刹那、フウッと頬を掠める風に滝は眉を寄せた。 そして、動けなくなる。 大きな窓を無防備に開け放ち、 彼の視線の先には満点の星空と大きな月が輝いている。 月はどこも欠けることなく綺麗な円を描いていた。 美しい満月を彼が切なげな表情で見つめている。 まるでその月に何かを訴えかけているようなそんな顔だった。 だがそれは一瞬のことで――――――――――――。 「滝?」 彼は入って来たまま立ち尽くしている滝に視線を移すと「どうした?」と 「いや…」 一瞬頭を過ぎった思いに滝は苦笑いを浮かべる。 綺麗過ぎる顔をしている目の前の男が満月など眺めているから、 それに――――。 「菊池三佐」 名を呼びながら滝はゆっくりと彼に近づく。 滝が手配した白い軍服。それはこの時代のもので、彼の時代のものではない。 そのせいか、どんなにきっちり身に纏っていても、どこかしっくりしないというか、 「まだ慣れぬようだな」 菊池の肩に触れ、そう呟く。すると菊池はムッとしたように眉を寄せ、 「仕方がなかろう」 心外とばかりに口を尖らせる菊池に滝が微笑を浮かべる。 「軍服のことだ」 耳元にそう呟くと、菊池の頬が僅かに赤く染まった。
滝の熱い息遣いが菊池の耳元を掠める。 汗に滲んだ肌。熱い息遣いが部屋に響いた。 クーデターを計画して以来、補給の為、作戦の為と偽っては滝の元を訪れ、 それを自分の選んだ道と割り切るには目の前の男は優しすぎると菊池は思った。
行為が終わった後、滝は脱力感に横たわったままの菊池の髪を優しく撫でた。 「貴官の髪は柔らかいな」 普段はキチンと固めている髪だが、今は汗に乱れてしまっている。 「それに髪を下ろすと随分印象が変わる」 滝の言葉に菊池は露骨にムッとして手を振り払った。 その言葉は昔から言われ慣れている。 元々童顔の、女顔が嫌だった。 視力が下がったのをこれ幸いと眼鏡を掛けた。少しでも男らしく見せようと髪を上げた。 「別に貶しているわけではないぞ。むしろ褒めているのだが」 確かに軍人としては複雑かもしれんが、と滝は苦笑いを浮かべつつ、 胸いっぱいに煙を吸い込みながらふと視線を窓に向ける。 風にカタカタと揺れる窓の向こうから大きな月がこちらを見ていた。 「今夜は満月か」 「何を今更」 菊池が乱れた髪を手櫛で整えながら身を起こす。 「月に何を想う?」 滝は不意に先ほど一瞬見かけた菊池の表情を思い出し、そう尋ねた。 菊池が怪訝そうな顔をする。 「何を突然…」 想うとは?と菊池が首を傾ける。 「この部屋に入った時、あまりにも月に帰りたそうにしていたのでな」 昔から伝わる話を思い出したと滝が言うと、菊池は目を丸くした。 「馬鹿なことを」 プッと噴出す菊池に滝も苦笑いを浮かべる。 「参謀殿は随分とセンチメンタルなんだな」 意外だと笑う菊池に滝はムッと眉を寄せた。 「では、私がかぐや姫で貴官が帝と言ったところか?」 姫と言うのは気にいらないが……と菊池は呟いてから、滝の顔を覗き込む。 何か悪戯を見つけたような瞳をしている菊池に滝はウッと声を漏らし、顔を背けた。 「それで何を貢いでくれる?」 「それなりに十分貢いでいると思うが」 貴艦を少なくとも他のどの艦よりも優遇しているはずだ。 「何が欲しいんだ?」 滝がそう言うと菊池はフッと笑った。
滝の第一印象は最低だった。 「みらい」を否定し、敵艦を利用して攻撃させた狡猾さ。 それによって「みらい」は多くの犠牲を出した。 菊池自身も初めて進んで敵艦を攻撃し、想像を絶する数の人命を海中へと その原因を作った滝を憎みこそすれ、このように手を組む日が来るとは 少しずつ……肌を重ねる内に、滝の軍人ではない一面が見えてくる。 強い意志と野望。 情に熱く敵には非情になれるが、味方には優しい部分も持っている。 この戦場で、多くの人の命が散っていく様を見続けつつ、自分の望みに向かって 滝のようになりたい訳ではない。 草加のように生きたい訳でもない。 だが角松のようには生きられない。 尾栗のように考えられない。 実に自分は不器用でつまらない人間だと菊池は思う。
『月に何を想う』
かぐや姫とは――――――――菊池は心の中で呟いた。 あの物語ように月に戻りたいと願ったわけではない。 だが、もし叶うならあの満月の夜の「自分達の世界」に帰して欲しいと月を見る度に だが、自分たちとあの物語は違うと菊池は自嘲した。 この手は血に染まってしまった―――――――――――。
「腕枕とは…」 これは甘えなどではなく、軽い嫌がらせだ。 そのことに滝が気づいたのは菊池が寝息をたて始めてすぐのことだった。 すでに腕はしびれ、指先はジンジンと鈍い痛みが走っている。 「くそう」 馬鹿なことを言ったと滝は心底後悔した。 だが、同時に思う。 「どうせ貢いでも貴官は帰るのだろう」 彼はこの世界の人間ではない。 今後どのように関わっていくことになるかは分からないが、いずれはあの話のように 「だが貢ぐだけ貢がされて捨てられるのは性に合わん」 せめてこの世界にいる間は自分も彼を利用させてもらう。 そう思わねば彼を手放すことができなくなりそうな自分を滝は感じていた。 何だかウチの滝菊は甘いですよね |